こんにちは👋
2025年が始まりましたが、暗い話題が多いなぁと感じるのは私だけでしょうか。
特に物価高が私たちのような庶民にとっては気になるところだと思います。
失われた30年という長い歳月は、私たち日本国民は安くて当たり前という感覚が染み付いてしまい、昨今の急激な物価高に付いていけないような気がしています。
モノの値段が上がり、収入が追いついて増えれば良いのですが、なかなかそうはならないのが世の中。世知辛いですなぁ。
嘆いていても解決しないので、こんな時には支出項目を見直してメリハリを付けたお金の使い方に少しずつでもアップデートしていくのが一番賢いと思っています。
生活防衛資金の大切さ
前置きが長くなりましたが、本日のブログの本題です。
私は今年で42歳の歳になり、すっかり中年のおじさんの分類ですが、社会人になってからちょうど20年。山あり・谷ありでもなんとかやってきました。
30歳を目前にした時にメンタルダウンを経験し、休職、退職、転職、会社員から卒業して独立、と職業、経済的な面でも苦労した方だと思います。
幸いにも夫婦共働きで、私たちには子供がいなかったため、家庭崩壊や経済的な破綻状態にならずに、持ち堪えることができました。いつも奥さんには感謝しています。
今は40歳になりましたので、私の調子が悪い状態がかれこれ10年ぐらいあったと思うと、ほんとに長かったし、辛かったです。
繰り返しになりますが、家族(奥さんや両親)には、ほんとに迷惑をかけ、辛い思いをさせたと思います。
メンタルダウンを経験した方であれば、共感いただける方が多いと思いますが、自身が体調不良の状態が長期化し、収入がない(もしくは少なくて)、家計のお金が減っていく時の辛さは精神的に耐え難いものがあります。
メンタル不調になった方でも、再発・長期化してく割合が多いとよく言われますが、多くはこの経済的理由なのではないのかな、とさえ思います。
私はそのような経験から、生活防衛資金の大切さは痛感しました。私の場合は、学生時代のアルバイトや独身時代に割と自制して節約できていたので、定期預金に数百万円の貯金がありました。
これが非常に精神的に支えになり、辛い時期でも持ち堪えることができたと思っています。
幸いにも、この10年間でも無理しながら働いていたので、この定期預金はほとんど取り崩すことなく、今もそのままにしています。銀行金利なんて微々たるものですが、全てを投資に回すというリスクを犯す必要もないと判断して、引き続き生活防衛資金としての役割をしてもらっています。
振り返ると学生時代はバブルだったと思う
私が独身時代にまとまった金額を貯金できたのは、アルバイト先に恵まれていたからです。
今は世界的にも有名になった、SPA業態の某アパレル企業。
私が大学生のアルバイトとしてお世話になった、20年以上前は、フリースブームで一躍、日本全国にその名が知られ繁忙期には長蛇の列ができる状態でした。
当時はインターネットでの販売ではなく、ほぼ全て店舗でのリアル販売、会計もまだまだ現金支払いの方が多かったように思います。
とにかく、作業量が膨大で、繁忙期はフリーターの方はもちろん、学生のアルバイトでも、10-12時間の勤務は当たり前の時代でした。
今のようなシステム化ができていないので、とにかく人海戦術で気合いで乗り切れ、みたいな雰囲気だったと思います。
その当時、時給は1,000円程度ですが、それほど長時間働いていると、正社員なみの給与を手に入れることができます。
両親の勧めもあり、今で言えば、かんぽ生命(当時は郵便局)の養老保険に加入し、その掛け金を自分のアルバイト給与で支払い、それでも余らせていたので、定期預金や個人向け国債なんかをちょこちょこ買っていました。
ちなみに、当時お世話になっていたその某アパレル企業ですが、当時はアルバイトでも、社内の持株会で自社株の積立購入制度を利用することができました。
もし、持株会で株を購入していたら、FIRE(経済的な自立と早期退職)できていたのでは?と思ったりします。
でも、私は例外的に恵まれていたと気がつきました。
同じ大学の友人はアルバイトしていても、大学生のアルバイトの立場であれば、そんなにたくさんのシフトにそもそも入れないので、給与として受け取っていた金額は数万円だったようです。
あの時、手元にお金があるからと言って、無駄遣いしなかった自分を褒めてあげたいと、年齢を重ねてから思うようになりました。
つい先日、自分の普段着を買うために、その某アパレル企業のお店を訪れましたが、年末年始休暇のおそらく一年の中でも一番のかきいれどきでも、お店は比較的空いていて、気持ち良く買い物ができました。店員さんの人数も少ないですし、お店自体もすごく清掃が行き届いていて、綺麗でした。